公益社団法人岩手県猟友会

よもやま話

「度量と人情に感謝」

 山田猟友会 賛助会員 千葉 忍(青森県在住)

 冬枯れの沢をつめて尾根直下の斜面に到り、待ち場を探して位置につく。熱くほてった体は急速に冷え噴出した汗が冷たくなる。開けていたベストのチャックを極力音を立てずゆっくりと締める。風は向かい風、よしよし勢子側から吹いてくる。待ち場到着の連絡をすると程なく猟開始の知らせ。楽な姿勢で待つことしばし、尾根から一本角の鹿が単独で降りてきた。そろそろと忍び足だ。風上の藪の向こうでこちらを気にしてしきりに動かしている耳だけが見える。銃は下げたまま目だけで観察をする。藪越しだし、バックストップは不安だし、勢子方向でもある。沢筋に降りたら撃つつもりで待つ。と、一瞬沢から風が吹き上げた、とたんに鹿は斜面を横切るように勢子方面に走り出してすぐ見えなくなった。気づかれたか……だが始まったばかりまだチャンスはあるだろう。おや!沢筋から枝の踏み音!複数だ!今上ってきたばかりの沢から7頭ほどの鹿が登って来る。 銃をセットする。下の待ち場の会長はまだ撃たない。先頭からの4頭は止まらずに斜面を勢子方向に戻るように上がって行く。うーん、会長気づかれていない??お、子鹿が止まってこっちを見ている、いやいやその隣に母鹿!体はこちら向きだが頭は木の陰だ……首と肩の付け根を狙い、ゆっくりと引き金を落とす。発射の衝撃、銃口から秒速2,650フィートで飛び出した165グレーンのソフトポイントボートテール弾頭は母鹿の肩付近に着弾と同時に白い水しぶきがたたせたように見えたが、その鹿は一瞬の間の後、先に行った4頭の辿った鹿道を走り出した。子鹿はあとを追って走り出す。え、致命傷と思うのだが……その鹿は尾根角で突然見えなくなった。まだ猟は終わっていない、そのまま待機。と、斜め後下方で発砲音、頭領達だ。5、6、7、8発、まるで射撃大会だ、どんだけ獲ったんだろう。静かになる。ちょっとして発砲音の方向から2頭の雄鹿が上がって来る。尾根で歩みを止めた……よし挙銃……あー、いかん、撃てん。バックストップがない、空に向かっての撃ちだぁ。先は山しかないがそりゃまずかろう。2頭の雄鹿はちょっと尾根で様子を見た後跳ぶように尾根を超えて行った。くっそーもったいなかった、もうちょっと上に陣どっときゃのぉー、と頭の中で独り言。勢子役の先輩が見えてくる。猟の終了連絡が入る、先輩と先ほど撃った鹿を探しに行く。被弾地に多量の体毛と血液、いくつかの骨片、水しぶきに見えたのは着弾で飛び散った体毛であった。その鹿は見えなくなった尾根角の斜面で転げ落ち、木の又に引っかかって果てていた。鹿にロープを結わえ、沢を引っ張る。また汗だ・・・・

 これは昨シーズンのある日の猟のひとシーンである。このグループに混ぜていただいて4猟期目になるが、私は岩手県在住者ではない。青森県県南在住者である。もう5年前になるだろうか、岩手県の深刻な鹿の食害を聞き、その生息域が拡張の一途を辿っている事から、青森県にもその害が波及するのは時間の問題と考えるも、鹿猟の経験がないため憂慮していた。鹿猟の経験と技術知識がなければ駆除もうまくできないと思い余って、岩手県猟友会事務局に直訴した。ガイド付きでも良いから鹿猟を経験させていただける方をご紹介願いたいと。岩手県猟友会は今のグループ、山田猟友会を紹介してくださった。以来このグループで猟の同道をお許しいただいている。

 初めの年は散弾銃のスラッグ弾で、次の年からはライフル所持許可を取得しライフルで、鹿狩りに混ぜていただいている。最初の最初は経験だけできれば良いつもりであったが、通ううちに考えが変わってきた。美しい海と美しい山、そして暖かい人に魅了されたのである。だから今は片道3時間半の道のりも恋人に会いに来るように少しも苦にならない。もしかしたら、昔若い頃の今のかみさんと付き合っていた時の逢瀬よりも頻繁に来ているかもしれない。(笑)

 前の夜から走って来るので、時折車で寝ているときに他県ナンバーゆえに巡回パトカーに職務質問で起こされることに閉口する。ここのところは覚えていただいたのか起こされることはなくなったが、年度が変わると警察職員が転勤で変わってまた起こされることがあるかもしれない。

 住んでいる青森県県南でも年々鹿の出没は増え、今はもうあまり珍しくは無くなってきている。これからますます増えてゆくだろう、被害が出てくるのも時間の問題だ。え?当初の目的には間に合ったかって?いやいや、まだまだ道半ば、何の猟でも一通りの猟が判るようになるのには十年は掛かるもの。ことに覚え始めてからの3~4年というものは慣れたという慢心と伴わない経験、いっぺん通りの知識の浅さ故にうまく獲れない焦りが生じ、無理をしてひどい目に遭いやすい危うい時期。くわばらくわばら、気をつけなきゃ、無事これ名馬よ。先輩達から学ぶところはまだまだ多いし、まったく同じ猟というものはなく、それぞれの猟はひとつずつ違うので、毎回勉強になる。特に追い山は周囲の猟師は鹿猟をする人間でもあまりする事がないので青森在住の私にとっては貴重な経験のできる場となっている。これがまたえらく楽しいのだ、人と鹿の知恵比べが。何はともあれまだまだ勉強と経験を積まなければものにならない。グループには少々迷惑かもしれないが、居れる限りは居座るつもりであるのでよろしくお願い申し上げる。

 最後に、この稿をお借りして、見ず知らずのしかもずぶの鹿猟素人の懇願を受けてくだすった岩手県猟友会と山田猟友会の度量の広さと思いやりの深さに感謝いたします。ありがとうございます。